傷を見て
あの家を出て あの町から飛行機で旅立ち
山奥の「桔梗」という場所に寝泊りを始めた
心を殺し 声を潰して 作業を続ける毎日の 或る日
右手薬指にケガを負った
機械に巻き込まれ 音も響いた
一瞬、切断されたかと恐怖した右手薬指は
軍手の穴の奥から血を流して
男は 赤い血を黙って見つめ 海を思いだしていた
「自分で決めたんだナ」
「これから、長くなるのかナ」
ロボットや野次馬たちや口うるさい上役らの騒音全部が
海のさざ波に似ているように聞こえ
男は少し安堵しながら 証拠となるであろう薬指を自分で舐めて治したかった
あれから十年
三月の不意に舞う雪の日曜日に薬指は
何もかも忘れられるものなどないと
しかし都合良く捨て去って行く生き方なんだと
うずきながら イイワケを綴っている
「ずいぶんと遠くまで、この傷を持って来たナ」
「夏用タイヤは、まだ尚早だったかナ」