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2006年08月20日

ずっと夢を見た

この夢にたどり着くのに
今日までかかった

虹が手招きして迎えてくれたり
嵐が申し訳なさそうに退散してくれたり
あなたと 今日この佳き日も
一歩一歩 踏みしめて進む この 夢みたいな夏の日

初めて あなたの名前呼べなくて 照れたあの日には負けるけど
恥ずかしくって 今日もやっぱり恥ずかしくって
練習通りには出来なかった

事ある毎に 隣で笑ってくれるあなたに耳打ちして
ちょっと 目で合図して
ちょっと泣いて 笑って 歌って 踊って

虹がしてくれたみたいに
思いっきり 光に向かって手を振って
思い出も昇華して 一度 ゼロに戻す事も出来た


そして
夢見てた夢は あっという間に過ぎた後にも
隣でニコニコ あなたニコニコ

僕もニコニコ まだ夢みたい


朝がまた来て いろんな事
こじつけるにはあまりにもおっきな太陽が昇って
それを淡々と繰り返すのが皆同じ 日常なのかも知れなくても

その一個一個の毎日に
夢はニコニコ 転がってるんだ
今日だけは そうなんだと信じながら

包まれて 眠ろう…
「おやすみの歌」

2006年08月06日

誰も知らない

ずっと前から見たいと思いながらもなかなか見る勇気がなかった『誰も知らない』を、見ました。
…案の定悲しい気持ちになり、実話をもとにしているとの事で調べてみたら「西巣鴨子供置き去り事件」に辿りつきました。
(当然かもしれないけど)実際の事件のほうが悲惨。
その後の子供達が、また母親のもとへ戻ったというのがなんともやり切れません。


いきなり個人的な話ですが
…もし僕の母に、よしなにしてくれる親戚やあの優しい優しい祖父母が居なかったら…
この映画の子供達まではいかないにしても、
きっともっと寂しい人生で、
きっともっと暗い人間になっていたんじゃないか。。。
そう思うと沖縄に居る、僕の周りにいつも居てくれたたくさんの人達に、感謝せずにはいられません。


そして、誰も頼る人の居なかったあの子たちのその日々に、泣かずにはいられませんでした。


せめて今はあの頃より少しだけでも、幸せな毎日を送っていますように。。。
せめて今もあの頃と同じく「誰も知らなくても、生きていく」という強い本能を忘れずに、したたかに生き抜いていますように。。。

そして僕は今、僕がこうして幸せに生きているというこの感謝の気持ちを、新しい方向へ向けていかなくてはいけないような気がしています。


…この映画を見終えた今、
この今の状況のままでは、ダメなような気がしています。。

messages - 『誰も知らない』に寄せて - 詩:谷川俊太郎

2006年08月02日

泣く事すら出来ず

叫べ 泣け 時には助けを呼べ
遊べ 吐け 届かぬ夢を語れ

けれど決して 負けたりするな
自分にだけは 負けるんじゃない

めまいで頭も眼球の奥もぐらんぐらんに回り続けても
その歌を覚える事をやめるな
その動きを止める事を覚えるな

なるべく大馬鹿野郎になれ
金には目をくらますな
その 今持っている財布の口を開けっ放しにして壊すぐらいなら
その 今抱えている恥ずかしい自分の内部をオオッピロゲにして それがゲロだと知れ


僕はお前と戦う
僕はお前を許さない
僕の秘密をお前に握らせたのは 僕がお前に対して弱くなる為なんかじゃない
ただ 知っていて欲しかっただけだけど
それは僕の間違いだったのかも知れない
そう認めたうえでも やはり
僕は
格好だけで 自分でさえ収集がつかなくなっているお前と


僕に何も恐れるものは無い
今この暮らしからどれだけマイナスになろうが構わない
そんなの
お前のヘドロ色したゲロに比べたら
ほんの カワイイ セピア色でしかない
「ご乱心」だろうと
「無責任」だろうと
他の誰かに何を言われようが構わない


今の僕の頭と眼球の奥の涙の溜まり場は
「お前」という名の 鏡に映した自分のような存在が
それが何より 何より 何より
何よりも最も 最も
大切だと言っている